プロフィール

山本勝敏(やまもとかつとし)

1964年(昭和39年)2月3日 
多治見市生まれ 
山本實(電気工事業、当時は大日町)の第3子として生まれる
自宅:多治見市音羽町
家族:母、妻、長男、次男
尊敬する人物:稲盛和夫、
アルベルト・アインシュタイン
好きなアーティスト:浜田省吾


学 歴

菫幼稚園 卒園
精華小学校 卒業
陶都中学校 卒業
多治見北高等学校 卒業
名古屋工業大学(機械工学科) 卒業


職 歴

1986年
22歳 シーケーディ㈱ 【約4年間】

1990年
25歳 ㈱ビジネスコンサルタント 【約5年間】

1995年
31歳 多治見市議会議員 【2期、8年間】

2003年
39歳 多治見市長選挙 落選 【政治浪人4年間】

2007年
43歳 岐阜県議会議員 【現在3期目】

現 在


〜山本勝敏の生き方〜

少年の思い
中学時代、物理学に魅せられた。宇宙生成の「美しさ」に感動した。
高校時代、人間社会の「みにくさ」に失望した。たとえば、冷戦…人はなぜ争うのか!?人はもっと「美しく」生きられるはずだ。「政治が変わらなければ」と感じた。しかし、自分には力は無かった。
いつか政治を変えられる人になりたいと夢見るだけだった。

25歳の決意
社会に出た。新たな曲がり角が見えてきた。負の遺産が積まれている。
たとえば、環境問題。「自分にも責任がある」と思った。「今を生きる世代として、子どもや孫たちの世代に責任を持とう」と。「誰かがやるさ」と逃げたくなかった。「きっと自分にも出来る」と信じた。
「政治家になろう」と決意した。
25歳だった。

ベルリンの壁を越える
しかし、自由主義か?社会主義か?人はどう生きるべきか?国家は?社会はどうあるべきか?
答えをはっきりと見出せずにいた。その答えが自分の中で欲しかった。答えを確信した上で、政治家になろうと思った。
だから、答えを確信するために消え行く東側社会の現実を見ておきたかった。
ベルリンの壁崩壊から2ヵ月後だった。

市議会議員、そして…
それから職を変え、5年間修行した。
31歳、ゼロからのスタート、多くの人に支えられ、市議になった。わずかな抵抗ながら、精一杯働いた。
しかし、思い描くまちや理想とする政治はまだまだ遠かった。「ここで、方向を変えなければ…」もっと強い力が必要だと思った。
39歳、市長に挑戦した。だが落選。
自分の力不足だった。

今、原点に返る。情熱はゆるがない。
この4年間、多くの経験をした。経営も考えた。子育ても考えた。生き方も考えた…
たとえば、教育問題。今「美しく生きる」ことが求められているのでは!?
「もう一度、原点に返ろう」少年の思いと25歳の決意を持って、新たな一歩を踏み出したい!
このまちの基礎づくりから。
政治への情熱、このまちへの情熱はゆるがない!